大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和56年(行ツ)210号 判決

山口県下関市長府町中土居一五一二番地の六

上告人

三宅妙子

右訴訟代理人弁護士

仲田晋

鈴木尭博

東京都千代田区霞が関三丁目一番一号

被上告人

国税不服審判所長 林信一

右指定代理人

山田雅夫

右当事者間の大阪高等裁判所昭和五五年(行コ)第三二号所得税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和五六年九月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人仲田晋、同鈴木尭博の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することかでき、原判決に所論の違法はない。右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮崎梧一 裁判官 木下忠良 裁判官 監野宜慶 裁判官 大橋進 裁判官 牧圭次)

(昭和五六年(行ツ)第二一〇号 上告人 三宅妙子)

上告代理人仲田晋、同鈴木尭博の上告理由

一、原判決には、憲法の違背があり、かつ判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。

原判決は、一方において、本件閲覧請求拒否は、国税通則法九六条二項後段に規定するところの「正当な理由」があったものということはできないとして、本件閲覧請求拒否の不当性を認めながら、他方において、「閲覧請求権は審査請求人に有利な裁決を得るため 手続的利益を保障したものであるから、裁決がその取消事由に該当する程の違法性を帯びるのは、審査請求人が閲覧請求拒否にかかる書類その他の物件に対し適切な主張や反証を提出することによって、当該裁決の結論に影響を及ぼす可能性のある場合に限られるものと解するのが相当である。」との前提のもとに、「本件裁決は本件閲覧請求の拒否によって取消事由に該当する程の違法性を帯びなかったというべきである」として、上告人の主張を排斥した。

これは以下に述べるとおり、前記法令の解釈を誤ったものであるばかりか、憲法にも違背するものである。

二、国税不服審判所の審査請求手続における閲覧請求権は、第一審判決が述べるとおり、「審査請求人にとってもっとも重要な権利」である。これは、憲法一三条および三一条に由来する権利であって、納税者たる国民の審査請求の権利を手続的に保障したものである。したがって、この閲覧請求権を確保することは憲法上の要請であり、原判決のように、みだりにこれを制約するのは、適正な手続が最大限に尊重されるべきであるとの憲法の基本理念に違背し、国民の権利を不当に奪うものといわなければならない。

三、原判決は、「裁決がその取消事由に該当する程の違法性を帯びるのは、審査請求人が閲覧請求拒否にかかる書類その他の物件に対し適切な主張や反証を提出することによって、当該裁決の結論に影響を及ぼす可能性のある場合に限られるものと解するのが相当である」と述べるが、国税通則法九六条二項につき、このような解釈をすることは、審査請求人の閲覧請求権を著しく狭めることになるばかりか、憲法上保護されている国民の権利を否定することにもなりかねない。

たしかに、閲覧請求権は、「審査請求人に有利な裁決を得るための手続的利益を保障したもの」であるが、だからといって、原判決のように、閲覧請求拒否にかかる書類その他の物件に対し適切な主張や反証を提出することによって、当該裁決の結論に影響を及ぼす可能性のある場合にのみ、裁決がその取消事由に該当する程の違法性を帯びるという結論を導くことは許されない。

当該裁決の結論に影響を及ぼす可能性があるか否かの判断は、もとより、閲覧請求のあった段階で担当審判官がなしうるところでなく、また、閲覧請求拒否自体は抗告訴訟の対象たりえないとされているから(東京地判、昭和四九・七・一九、行集一九・七-八・八七五。京都地判昭和四九・七・一九、訟月二〇・一〇・一六七)、後の裁決取消訴訟の段階における事後的な判断によらざるをえない。その結果、担当審判官としては、審査請求人からの閲覧請求をことごとく拒否したとしても、後の裁決取消訴訟によって裁決の結論に影響を及ぼす可能性があると判断されない限りは、閲覧請求拒否の違法性が常に阻却されることになるため、正当な理由がなくとも、易々と閲覧拒否をするという事態を招きかねない。他方、閲覧請求拒否をされた審査請求人としては、閲覧請求権を実効あらしめるためには、裁判が出た後にわざわざ裁決取消訴訟を提起して、当該裁決の結論に影響を及ぼす可能性があるか否かの判断を求める以外に方法がなく、その権利実現は困難をきわめる。

これでは、国税通則法九六条二項に定める閲覧請求権は否定されるも同然であり、「正当な理由があるときでなければ、その閲覧を拒むことができない」とする明文の規定に反する結果とならざるをえない。それは、「審査請求人に有利な裁決を得るための手続的利益を保障」した趣旨を完全に没却することになるであろう。

四、さらに、原判決は、「本件裁決は本件閲覧請求の拒否によって取消事由に該当する程の違法性を帯びなかった」と断定しているが、次に述べるとおり、この断定自体も誤りである。

(一) 原判決は、本件審査請求手続における上告人代理人である中居が、「審査請求をした日から一年以上も閲覧請求をしないまま放置し、控訴人が本件裁決をした日に初めてそれをした」ことをもって、あたかも、不当な閲覧請求であるかのような口勿であるが、これは、後述するように、国税通則法所定の正当な手続であって、同法に請求時期の明記がない以上、諸般の事情や情況を考慮したうえで、もっとも適当と思われる時期に請求することもまた、「有利な裁決を得るための手続的利益」として保障されているとみなければならない。明文の手続上の制限規定がないにもかかわらず、請求時期の遅い早いを理由に請求を拒否することができないのはもとより、それをもって閲覧の必要性を判断することも不当である。

(二) 本件審査請求書は、昭和五二年三月五日に提出され(丙一四号証の五)、これに対する担当審判官の指定の通知と答弁書副本の送付は、同年四月七日付でなされた(丙二号証、丙一五号証の九)。上告人は、同年五月二三日に反論書を提出し(丙一六号証の二)、中居、荒木両代理人が担当審判官に初めて面接ができたのは、それから三ヵ月後の八月二六日であり、このときも、再度反論書を提出している。さらに、担当審判官が上告人本人と面接したのは、それから二ヵ月半後の一一月四日であった。ここまでで、すでに、審査請求をしてから八ヵ月が経過しており、審査請求手続それ自体がかなりの期間を費やしていることがわかる。

(三) この間、奥田泰郎ほか共同相続人の提起した訴訟は大阪地裁で進められ、(昭和五二年七月一二日提訴)、原被告双方の主張・立証が進展していたところ、上告人らは、各共同相続人にかかる各更正通知書の記載理由、異議決定の理由を仔細に検討してみると、上告人に対する更正処分は、共同相続人のうちで、奥田泰郎についてのみ該当するところの奥田昇次に対する退職金(事業所得の必要経費)および日本耐アルカリへの立退料(不動産所得または奥田泰郎所有家屋の譲渡所得の必要経費)の取扱いにつき、他の共同相続人にも同様の適用をしたうえ、これを本件譲渡所得の必要経費不算入とするという誤りを犯していることに気づいた。これは、奥田泰郎の所得を他の共同相続人の所得として認定したものであり、所得の帰属を誤った、取消しの対象となる処分だったのである。

(四) 上告人に対する異議決定通知書(丙一四号証の五)によると、「異議申立人が奥田昇次に支払うことになった二、〇〇〇万円は、同人が『奥田塗料工業所』の従業員であり、今回の土地、建物を譲渡し、工場を閉鎖、移転することになったため、同人に対する退職功労金として支給するもので、この支払金については譲渡所得の計算上必要経費に算入できません」とあり、日本耐アルカリに対する分についても、「建物譲渡にかかる必要経費と認められる」旨、理由が付記されている。しかし、これは、前述のとおり、奥田泰郎にのみ該当するものであって、上告人は「奥田途料工業所」の経営にも参画せず、建物の共有者でもないが、ただ、これらの支払いが本件譲渡収入を得るうえで必要なものであると認めて分担したにすぎない。したがって、この点から新たに、原処分庁が本件処分を単に枚方税務署からの書類の引き写しによって、調査もせずに行なったものではないか(国税通則法二四条違反)という疑念も生じてきたのである。そのため、原処分についての関係書類を閲覧し、その適否の確認を行うことが必要となったのである。

(五) 原判決は、閲覧請求時期が遅いことと、他の共同相続人についての審査請求段階での閲覧請求が無かったことをもって、閲覧請求の必要性が「相当疑問」であるとするが、閲覧請求の時期の特定もなく、しかも、審査庁の意思形成過程とその経過について知ることのできない状態のもとで、審査請求人が、その折々に最善最適と思料する攻撃防禦の方法を行使することは自由であり、その行使の結果もみずに、その必要性を云々することは不当である。

(六) 以上の上告人の主張は、各共同相続人らの訴訟で展開されており、すでに十分に裏付けもなされているが、もしも、被上告人が本件閲覧請求に応じていたならば、訴訟の進行とあわせて、被上告人に対しての新主張となった前記費用をめぐる判定については、どのように変ったかもわからない。他の同種の事例でみると、審理に五、六年以上かけているものもあり、おそらく裁決は、裁判所が判決を下すまで延期されることになったものと思われる。こうしたことについて、原判決は、全く考慮を払わず、単に他の共同相続人が異議申立て、審査請求の段階で主張していたところをそのまま引き写して引用しているだけであり、違法性とその阻却について、不当な判断を下し、国税通則法九六条二項に違背するという重大な権利侵害行為を容認するという誤りを犯している。

五、以上のとおり、原判決には、憲法違背、判決に影響を及ぼす明らかな法令違背があり、破棄を免れない。

以上

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